2006年06月05日

デトックスの心 嫌な相手03力ゆずる


パワー、力、私たちは知らないうちに力を使っています。

人に作用しようとするとき私たちは得意な力を使おうとします。

ですが、その「力」を使ってうまくいかないときもあります。
その時、「逆の力方向か別の方法を使う」ということを考えます。。。

そのことによって心のわだかまりを減らそうとする試みです


一般的に人は・・・自分に自信のある部分で人に作用しようとします

モラル感に自信がある方は道から外れた自分の子供をモラルで縛ろうとします。

権力、財力に自信がある方はそれぞれで事を解決しようとすることがあります。


でも、それぞれの力で解決できず、問題がこじれた時は考えを改めることが必要になります。

ある力を使って解決できない時は得意として自分が用いる力、方法では解決できないということを示しているように思います。



子供が道から外れた時に・・



正しいことはこうなのよとしかることは必要かもしれません。でもそれで収まらない時、その子供がそこまでの行いをしてしまった理由や心情で深いものがあったのかもしれません。

親の方でも自分が子供と同じ立場で同じ理由があれば、間違いをしてしまったかもしれません。

そこを理解してこころから同調して、理解しあった上で「心情とは別に、やってはいけないことがやはり許されないことでそれはこういう理由があるからだよ」とさとすことが子供の心を開くことになると思っています。





相手が必要以上にミスを指摘する場合


相手が必要以上にミスを指摘しないと気がすまないなら、「その指摘は必要以上だ」という論理的な証明は役に立たないと思われます。相手の目的は「論理的に必要とされる以上に指摘する」ことだからです。

こんな困った状況の時には「論理という力」を使う道とは逆の力を使ってみます。

こちらが「他の人以上にミスを反省して他の人より多く、より深く(自分から)謝る」ことをすれば相手の攻撃は強まらないと思います。


相手が「人に嫌われてまでミスをつつくような行動に出てしまった」その背景を思いやり、相手をいたわることをしっかりやると相手も初めてこちらの意見を聞く気になることがあるものです。

「相手が必要としている以上に反省する」ことで攻撃が出来なくなる
「相手の大変さを思いやり、社内的にもその精神を評価してたたえる」ことができればむしろミスをしたときの味方になってくれるかもしれません。


やってみるとお互いに不思議と思いやりがわくことが多いです。


実は、逆のことが相手の過剰指摘さんにも言えます。

ミスを指摘するなら相手がどれくらいミスを自覚しているのか、ミスにいたった背景にはどのような問題があるのか、思いやるのです。

背景を理解をした上でそのミスでKさんがどれくらい苦労したか、苦しんでいるか心配して配慮してしてあげ、思いやりをもっていれば、Kさんはそもそも指摘されなくても今後間違いが起こらないように最善を尽くし、心も張り切って仕事の能率もあがって会社としても良いことでしょう。

最適の道を選べないことは人間には(互いに)よくあることです。


結局はどちらが先にゆずり、意味のある解決をしようとするかです。
相手を変えることは出来ませんが、自分がやり方を変える事は自分の選択次第です。



年齢や立場にとらわれず議論より和合が有効だと気付いた方が試しにやってみましょう。

嫌な相手に心から思いやりを持つことは慣れるまで難しいかもしれません。また、何か下心を疑うような人もいます。

ですが、進んで相手に思いやりをかければ、心は軽くなりますし、相手の心もほぐれることがあります。結局は自分を助けることが多いです。

また、自分が良心的に最大限のことをやりつくせば、もうそれ以上良い対応がないものとして、忘れたり、逆に対決したりも出来ます。

後悔せずにすむことでしょう。

組織の中でコミュニケーションを上手にとることは重要なのに難しいことでもあります。

世の中に「やり取りには誤解がつきもの」「誤解があってはいけない」とそれぞれ考える人がいます。

組織の中でも同じ。どちらも正しいことです。
良くも悪くもどちらかだけということはありません。

ならばどちらもあるものとして対応する方が心や身体に毒をためずに済むように思います。

くよくよしても、人を恨んでも、嫌っても結局自分の損失を生んでしまうのです。

許せない人は確かに世の中にいますが、なるべくそのことに心をうばわれないですむ方向性を持ちたいものです。

なるべく心を晴れやかに良心的に接し、それでも駄目ならきっぱり忘れるか、徹底的に戦う、これだけで大半の問題は良心的に解けてしまい、少なくとも戦うまでは毒もたまりにくいです。


どちらが正しいかよりも、どちらかがゆずること が重要なケースがあります。


どうにも動かなくなってしまった最悪の渋滞で、AさんもBさんも右折したすぐ先に目的地があります。


デトックス渋滞図.JPG



世の中はお金を持つか持たないか、正しいかどうか、勝ちか負けかなど様々な価値観があります。

ですが、ゆずる人のおかげで皆が助かり世の中を支えていることもあるかもしれません。

この絵のケースは極端な例ですが、AさんかBさんかが意に沿わない直進や左折で遠回りしてくれることで初めて道が開けます。

人間の感情はこのような場面で他者の不手際を責めるように出来ています。それ自体は全く正当なことですよね。

ただ、その時そこを一歩ゆずることが出来れば自分も含めて皆がお得だというケースがあることは頭の隅に入れておけば毒を持たずに済んだり、幸運が呼び込めることもあるかもしれません。

戦わずに済むうちはもしも相手が悪質だった場合を想定して備えをもちながら、なるべく相手を良き者としてとらえることで気も楽になります。

★ケースバイケースですから何が正しいということはもちろんありません。こういう考えがあるほうが便利な事もあるかな というだけのことです。

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この記事へのコメント
「北風と太陽」のお話なんていい例ですよね
正しいことを正しいと主張するだけでは
人の心を開くことが出来ないこともありうるってことですよね
相手を思いやる気持が大切です
ほんのちょっと歩み寄って譲ることで解決することってたくさんありそうですよね
Posted by katasumi at 2006年06月06日 21:25
katasumiさま

ながい文につきあっていただきありがとうございます

北風と太陽、好きなお話です
いかにも道徳っぽいようですけど

でも本当にあの通りいくことが
多いんですよねぇ〜


Posted by デトックスtomoshibi at 2006年06月07日 07:44
なかなかお伺いできなくてすみません。。

なるほど・・自信のある部分から説得したがるのですね。納得です。
確かにそうですよね。。身内でも意見が割れる時なんかは「同じ意味なんだけどな・・?」と思っていても、あえて譲る事が多いです。

苦手なタイプと付き合う事は成長につながるって話しを聞いた事があるので、なるべく頑張っています(これがなかなか難しいので、言葉どおりうまく行かないんですが・・)でもtomoshibiさんの言われているように、中には悪質なケースもあるので、要注意ですね。




Posted by komoko at 2006年06月09日 10:49
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